健康増進法は、飲食店など店舗を営む企業のほか、従業員を1人でも雇用するすべての企業が知っておくべき法律の一つです。
受動喫煙の防止について定めていることから、「受動喫煙防止法」の通称で理解している人も少なくないでしょう。
では、健康増進法では、受動喫煙の防止についてどのような定めがなされているのでしょうか?
また、健康増進法を遵守するため、企業はどのような対策を講じる必要があるのでしょうか?
今回は、健康増進法の概要や企業が遵守するためのポイントなどについて、弁護士がくわしく解説します。
目次
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健康増進法とは
健康増進法とは、国民保健の向上を図ることを目的とする法律です(健康増進法1条)。
この目的を達成するために、健康増進の総合的な推進に関して基本的な事項を定めるとともに、国民の栄養改善など国民の健康の増進を図るための措置について定めています。
その背景として、急速な高齢化の進展や疾病構造の変化に伴い、国民の健康の増進の重要性が著しく増大していることが挙げられています。
健康増進法は、受動喫煙の防止に関する改正がされた際に話題となったため、「受動喫煙防止法」という名称であると誤解している人も少なくありません。
しかし、正式名称は健康増進法であり、受動喫煙防止法というのは通称名です。
「受動喫煙防止法」という法律は存在しないため、誤解のないようご注意ください。
健康増進法では、受動喫煙を防止するための措置のほか、給食の栄養管理の方法や保健指導についてなど、国民保健の向上のためのさまざまな規定が設けられています。
【施設別】健康増進法改正で設けられた受動喫煙防止にまつわる対応
2018年に成立し、2020年4月1日に全面施行健康増進法の改正により、企業や店舗が講じるべき受動喫煙の防止策が強化されました。
ここでは、改正後において店舗や企業が求められる対応を、施設ごとに整理して解説します。
学校・病院などの「第一種施設」
健康増進法による第一種施設とは、多数の者が利用する施設のうち、次の施設です(同28条1項5号、健康増進法施行令3条)。
- 学校、病院、児童福祉施設
- 国及び地方公共団体の行政機関の庁舎(行政機関がその事務を処理するために使用する施設に限る)
- 学校、専修学校、診療所、助産所、薬局、介護医療院、はり師などの施術所、認定こども園、少年院など政令で定める施設
これら第一種施設では原則として喫煙をさせてはならず、喫煙させるのであれば次の施設内に限定しなければなりません(健康増進法29条1項1号)。
- 特定屋外喫煙場所
- 喫煙関連研究場所
特定屋外喫煙場所とは、「第一種施設の屋外の場所の一部の場所のうち、当該第一種施設の管理権原者によって区画され、厚生労働省令で定めるところにより、喫煙をすることができる場所である旨を記載した標識の掲示その他の厚生労働省令で定める受動喫煙を防止するために必要な措置がとられた場所」です(同28条1項13号)。
つまり、第一種施設の屋外にある、一定の要件を満たして区画された喫煙スペースを指します。
受動喫煙防止のために区画されている必要があるため、単に灰皿などを屋外に設置しただけで原則としてこれに該当しません。
一方、喫煙関連研究場所とは、たばこに関する研究開発の用に供する場所です。
一般の企業や施設ではこれに該当する可能性は低いため、第一種施設において喫煙させる場合には、特定屋外喫煙場所を設けるべきと理解しておくとよいでしょう。
シガーバーなどの「喫煙目的施設」
健康増進法による「喫煙目的施設」とは、その施設を利用する者に対して喫煙をする場所を提供することを主たる目的とする施設で、次要件を満たすものです(同28条1項7号、健康増進法施行令4条)。
- 施設の屋内の場所の全部の場所を、専ら喫煙をする場所とするものであること
- 施設利用者に対して対面によりたばこを販売し、その施設の屋内の場所において喫煙をする場所を提供することを主たる目的とし、併せて設備を設けて客に飲食をさせる営業(通常主食と認められる食事を主として提供するものを除く)を行うものであること
- 施設利用者に対してたばこまたは専ら喫煙の用に供するための器具の販売をし、その施設の屋内の場所において喫煙をする場所を提供することを主たる目的とするものであること(設備を設けて客に飲食をさせる営業を行うものを除く)
たとえば、いわゆるシガーバーやスナック、店内で喫煙可能なたばこ販売店、公衆喫煙所などがこれに該当するでしょう。
喫煙目的施設では喫煙可能な「喫煙目的室」を設置できるほか、公衆喫煙所などでは屋内の全部の場所を喫煙可能とすることもできます(健康増進法29条1項3号)。
事務所・工場・飲食店などの「第二種施設」
健康増進法による「第二種施設」とは、多数の者が利用する施設のうち、第一種施設と喫煙目的施設以外の施設を指します(同28条1項6号)。
多くの飲食店や店舗、ホテル、旅館、鉄道駅などは、ここに該当するでしょう。
また、「不特定多数」ではないため、企業の事務所や工場なども、原則としてこの「第二種施設」に該当します。
第二種施設では原則として喫煙をさせてはならず、喫煙させるのであれば次の施設内に限定しなければなりません(健康増進法29条1項2号)。
- 喫煙専用室
- 喫煙関連研究場所
喫煙関連研究場所については、第一種施設の項目で解説したとおりです。
一方、喫煙可能室とは、構造と設備がその室外の場所へのたばこの煙の流出を防止するための一定の基準に適合した室を指します(同35条1項)。
具体的には、次の基準が定められています(健康増進法施行規則18条1項)。
- 出入口において、室外から室内に流入する空気の気流が、0.2メートル毎秒以上であること
- たばこの煙が室内から室外に流出しないよう、壁、天井等によって区画されていること
- たばこの煙が屋外または外部の場所に排気されていること
つまり、一般の飲食店や事業所、工場などの対応は、原則として次の2択となります。
- 全面禁煙とする
- 基準に適合した喫煙可能室を設け、その内部でのみ喫煙可能とする
なお、ホテルや旅館などのうち客室内については、受動喫煙防止に関する規定は適用されません(同40条1項)。
既存特定飲食提供施設
規模の小さな飲食店である場合、法改正により即座に対応を求められるとなれば影響は甚大なものとなるでしょう。
そこで、次の要件をすべて満たす施設を「既存特定飲食提供施設」として、一定の猶予措置が講じられています。
- 改正健康増進法の施行日(2020年4月1日)時点で営業していること
- 資本金または出資の総額が5,000万円以下であること
- 店舗の客席面積が100㎡以下であること(客席面積とは、客に飲食させるために利用できる場所で、客席から明確に区分できる厨房・トイレ・廊下・レジ・従業員専用スペース等を除いた部分の面積)
既存特定飲食提供施設に該当する場合、「喫煙可能室」を設置したり、店舗の全部の場所を喫煙可能室としたりすることによる対応が可能です。
喫煙可能室は第二種施設での喫煙で原則として求められる「喫煙専用室」とは異なり、飲食等のサービス提供が可能な喫煙室です。
なお、既存特定飲食提供施設が喫煙可能室を設置した場合、管轄の保健所などへの届出などが必要となります。
既存特定飲食提供施設に喫煙可能室を設ける際の注意点
既存特定飲食提供施設に喫煙可能室を設ける形で対応する場合、どのような点に注意する必要があるのでしょうか?
ここでは、主な注意点を3つ解説します。
「喫煙可能室あり」とする標識の掲示義務がある
既存特定飲食提供施設が喫煙可能室を設置する場合、施設内に喫煙室があることを示す標識を施設の入口付近に設置しなければなりません。
喫煙可能エリアに20歳未満の者を立ち入らせてはならない
喫煙目的であるか否かを問わず、喫煙可能エリアには20歳未満の者を立ち入らせることはできません。
これは客だけではなく、従業員であっても同様です。
万が一、20歳未満の方を喫煙室に立ち入らせた場合、施設の管理権原者は指導や助言の対象となります。
店全体を喫煙可能室とした場合には20歳未満の者は入店禁止となる
喫煙可能エリアに20歳未満の者を立ち入らせることはできないため、店全体を喫煙可能室とした場合は、20歳未満の者を入店させることはできません。
つまり、従業員に20歳未満の者がいる場合、店全体を喫煙可能室とすることは事実上困難となる点に注意が必要です。
健康増進法改正で企業が対応すべき義務
健康増進法が改正された受動喫煙防止に関する規定が強化されたことを受け、一般の企業はどのような対応をする必要が生じるのでしょうか?
ここでは、企業が行うべき主な対応を解説します。
なお、改正健康増進法は2020年4月1日に全面施行されており、本来であればすでに対応を済ませていなければなりません。
2024年現在において対応できていない場合は、早期に弁護士へご相談ください。
喫煙専用室の設置
改正健康増進法では、事業所内や工場内などは原則として全面禁煙とされます。
そのため、事業所内や工場内において従業員に喫煙させる場合、企業は喫煙専用室を設置しなければなりません。
なお、喫煙専用室には次の2種類があります。
- 喫煙専用室
- 加熱式たばこ専用喫煙室
先ほど解説したように、喫煙専用室はただ空間を区切るだけでは不十分であり、所定の要件に適合させることが必要です。
設置した喫煙専用室が基準に適合していなかった場合、50万円以下の過料の対象となります(健康増進法67条)。
標識の設置
企業が喫煙専用室を設置した場合、喫煙専用室の種類に合った標識を設置しなければなりません。
標識は喫煙専用室付近に表示する必要あるほか、施設の出入口付近にも喫煙専用室があることを示す標識の設置が必要です。
この規定に違反した場合、50万円以下の過料の対象となります(同67条)。
その他の受動喫煙防止策を講じること
受動喫煙防止に関する規定は、健康増進法のみならず、安全衛生法にも盛り込まれています。
安全衛生法では、従業員の受動喫煙を防止するため、適切な措置を講じることが事業者の努力義務と規定されています。
事業者が受動喫煙対策に取り組むための「職場における受動喫煙防止のためのガイドライン」が厚生労働省から公表されているため、こちらも一読しておくとよいでしょう。※1
健康増進法を遵守すべきポイント
最後に、企業が健康増進法を遵守するポイントをまとめて解説します。
健康増進法の内容を理解する
1つ目は、改正健康増進法の内容を理解することです。
法令やガイドラインを一読し、自社や自社の運営する店舗が何をすべきか理解しておきましょう。
受動喫煙に関する考え方や法令は、時代とともに大きく変化しています。
「昔はこうだった」として対策を怠ると違法となってしまう可能性が高いため、最新の情報へと考えをアップデートすることが必要です。
店舗設計前・居抜き物件賃借前に弁護士へ相談する
2つ目は、店舗設計前や居抜き物件の賃貸借契約締結前に、弁護士へ相談することです。
既存特定飲食提供施設として特例が認められるのは、改正法施行日(2020年4月1日)以前から営業していた一定の飲食店だけです。
これ以降に営業を開始する飲食店などは規模を問わず、改正後の健康増進法の規定を遵守しなければなりません。
つまり、喫煙目的施設に該当するシガーバーなど一部の営業形態を除き、第二種施設に該当する多くの飲食店は全面禁煙とするか、喫煙させる場合は基準に適合した喫煙専用室を設ける必要が生じるということです。
この前提を知らずに店舗を設計したり居抜き物件の賃貸借契約を締結してしまったりすると、後から喫煙専用室を設置する工事が必要となったり、希望していた形態での営業を断念することとなったりするリスクが生じます。
そのため、新たに店舗を設計したり賃貸借契約を締結したりする際は、健康増進法の基準に適合していることについて、あらかじめ弁護士などの専門家に確認を受けるとよいでしょう。
まとめ
健康増進法の概要や企業がすべき対応などについて解説しました。
健康増進法は、国民保健の向上を図ることを目的とする法律です。
改正により受動喫煙に関する規定が強化されたことから、「受動喫煙防止法」と呼ばれることも少なくありません。
改正健康増進法は2020年4月1日にすでに施行されており、企業や店舗経営者は改正法への対応が必要です。
まだ対応できていない場合や、自社が対応できているか否か判断に迷う場合は、早期に弁護士へご相談ください。
Authense法律事務所では、企業法務に特化したチームを設けており、健康増進法への対応についても多くのサポート実績があります。
健康増進法への対応でお困りの際は、Authense法律事務所までお気軽にご相談ください。